大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)302号 判決 1978年1月30日

控訴人

株式会社敷山製材

右代表者

敷山希望

控訴人

藤村逸郎

右両名訴訟代理人

杉山朝之進

被控訴人

渡邊春江

外一名

右両名訴訟代理人

富森啓児

右訴訟複代理人

木下哲雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人株式会社敷山製材は、被控訴人渡邊春江に対して金一四四万六、〇五九円、被控訴人渡邊奈美子に対して金三四二万三、四四〇円、及びこれに対する昭和四八年六月六日以降支払済みに至るまでの年五分の金員を支払え。

被控訴人らの控訴人株式会社敷山製材に対するその余の請求及び控訴人藤村逸郎に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人らと控訴人株式会社敷山製材との間においては、被控訴人らに生じた費用の二分の一を同控訴人の負担とし、その余は各自の負担とし、被控訴人らと控訴人藤村逸郎との間に生じたものについては全部被控訴人らの負担とする。

この判決は、被控訴人ら勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一昭和四七年六月九日に長野市大字大町中堰五八〇番地一所在訴外日栄住宅資材株式会社長野木材センター第三倉庫内控訴人株式会社敷山製材(当時は組織変更前の有限会社敷山製材)長野営業所において、控訴人会社の従業員で同営業所長の職にあつた控訴人藤村逸郎が同従業員で同営業所に勤務する訴外渡邊利文とともにトラツクからおろされるラワン材を運搬して、同営業所内の桝仕切り材木置場(以下「輪場」という。)に立てかける作業に従事していた際、同日午前八時二〇分頃、同控訴人が運搬して立てかけたラワン角材が倒れて、訴外利文の頭部を激しく打つたことにより同人に対して頸髄損傷及び脳挫傷等の傷害を与え、よつて、同人をして同月一一日午後二時四〇分、長野市大字南長野北石堂町一一七七番地三所在長野赤十字病院にて死亡するにいたらしめたことは、当事者間に争いがない。

そこで、右死亡事故の情況について、考察を進める。

1  現場の状態

<証拠>をあわせると、右第三倉庫は、間口四五メートル、奥行二〇メートルのスレート葺波トタン壁平家建軽量鉄骨造一棟(棟割五戸建となつている。)の建物で、床面から屋根裏天蓋まで七ないし一〇メートルの高さがある空間を擁すること、控訴人会社長野営業所は、右の棟割の中央の一戸分間口九メートル奥行二〇メートルを賃借して使用し、入口から奥に向つて左側一角に2.7メートル四方の事務所が函型に仕切つてあるほかは、棟割を画する東側及び西側の仕切りがあり、東内側に桝仕切りが並んでいるだけの設備であること、右桝仕切り一つは、ほぼ間口2.7メートル奥行1.8メートルの四隅に11.5センチメートル角の長さ2.95メートルの柱が立ち、この四本柱を両奥行側において柱の両面を挾むようにして、腕木が柱の上段、中段及び下段の三箇所でボルト締めで固定され、さらに腕木の中段と下段には筋交いが差されていて、相当量の木材を立てかけられる荷重を支える工作物となつていること、床面は砂土様の土間のままであり、東西両側の輪場間の中央土間は幅約五メートルの通路状部分となつていること、本件事故当時右輪場には多量の木材が立てかけてあり、特に軽量の薄板材はトラツクからの荷卸しを急ぎ後刻あらためて整頓することを期してとりあえず立てかけておくということもあつて、立てかけた木材の木口部分が通路状部分にはみだし、そのために通路状部分が狭められ、広い箇所で四メートルほどの幅しかなく、そのうえ木材を輪場に立てかけるために臂力で運搬しなければならない距離をできるだけ短かくすることを図つて、搬入木材を積載してきた八トン積の大型トラツクが誘導されて後進し荷台の先端が通路状部分の出口から二番目と三番目との桝仕切りの境の辺りまで進入して停車していたので、本件事故につながる厚板の臂力運搬距離は約3.6メートルであつたことが認められる。

2  作業の態様

<証拠>をあわせると、前記八トントラツクの運転者である訴外魚地優滋(通称優治)は、トラツクの荷台の上にいて、荷台から中央通路状土間に積載木材を一本ずつずりおろして木口の先端を接地させ、他端を上方で支えて臂力運搬者が肩に載せ易いような角度に保持して引き渡す作業に従事していたこと、右引渡材を控訴人藤村及び訴外利文の両名が臂力運搬によつて輪場に立てかけていつたが、当日の積載ラワン板材約四〇石のうち幅約二六センチメートル、厚さ約一二センチメートル、長さ約5.1メートル、重量約七〇キログラムの厚板六本約二石がトラツクの荷台に残つたところで、控訴人藤村は、訴外利文が厚板の臂力運搬にはまだ習熟していなかつたので、従前どおり同人にはさせないこととして、同人に対し「どいててくれよ」と指示し、同人がトラツクの荷台側を離れて事務所の方へ去つたのを見届けたうえ、右厚板の臂力運搬にとりかかつたこと、臂力運搬の要領は、同控訴人が厚板の木口を地面上約一〇センチメートル離し、約八〇度の傾斜角で立てるようにして右肩で厚板を担ぎ、その右肩を支点とした荷重の均衡を保持するために両肘部で厚板を抱えるようにしてしつかり押え、一気に輪場の桝仕切り内まで小走りに移動し、そこで木口を接地させる位置を見定めたうえ、腰を十分割つて右位置に徐ろに木口を接地させ、ついで厚板に上体を預けるようにしながら前方に厚板を押し返して反対傾斜させ、厚板が、その上方の木口部が輪場の桁又はすでに立てかけ終つた材に接着し、下方の木口がその位置に接地して、ついに静止安定の状態を保つにいたつて、ようやく一本の厚板の臂力運搬が終るものであつたこと、右のような臂力運搬を仕遂げるには相当の体力の持主であることのほか、熟練された伎倆を身につけることを要するところ、控訴人藤村は、この種職歴五年の経験を有する熟練者であり、右厚板の如き長尺かつ重量ものの臂力運搬では、同所木材センター内同業各社の全従業員の誰にもひけをとらない自負をもつていたこと、しかし、同控訴人の場合においても、右厚板の臂力運搬作業は自己の作業能力の限界に挑むようなものであり、トラツクの荷台先で厚板を担ぎあげた時から輪場の桝仕切り内に立てかけ終るまで、約二〇秒ほどの短時間ながら、気力及び体力を一途に集中させ、余念のいりこむ隙のないものであり、その間ふとした弾みから荷重の均衡を失せんか、忽ちにして自己の生命及び身体に迫る危険を生ずるので、これを避けるため、担いでいた木材を放り出し、身を飜してその場を脱するしかない緊急避難事態に遭遇するのが必定であることが認められる。<中略>

3  事故の発生

<証拠>を総合すると、控訴人藤村は、トラツクの荷台上に残つた厚板二本のうち一本を訴外魚地から取つて右肩に担ぎ、右厚板の木口を据える接地点としてあらかじめ見定めておいた輪場の桝仕切り内目指して一気に歩を運び、徐ろに木口を下げて右接地点に据え置き、上体ごと預けるようにして加圧しながら右厚板を前方に押し上げ、そこで右厚板が一瞬直立静止したものとみて、加圧を緩めながらさらに右厚板を前方に押し返したが、右厚板が右加圧により反対側に傾斜しはじめたとみる間もなく、突如手前の方に戻るようにして倒れてきたので、「危い」と怒鳴りながら右厚板に肩を入れ、両肘部を当て、渾身の力を奮つて支えようと努めたがついにかなわずとみて「おうい いくぞ」と叫びざま右厚板を放つて横飛びに脱出したこと、右厚板は、そのまま真向いの反対側輪場の桝仕切りに向けて倒れ落ちたが、右倒落により、たまたまトラツクの荷台から約三メートル、右厚板の木口の接地点から約五メートル隔てた反対側輪場桝仕切り先で輪場立掛材を背にしてもたれ、他の方向に視線をやつて無為に佇立していた訴外利文の後側頭部を強打したうえ、右立掛材の中段辺に阻まれて止つたことが認められる<中略>

二過失の有無

1  控訴人藤村について

本件厚板の如き幅二六センチメートル、厚さ一二センチメートル、長さ五メートルを超える長尺かつ重量ものの材木を臂力で運搬する作業は、直接これを遂行する者の筋力及び技倆の限界に挑む底のものであることから、この作業に相当熟練している者といえども、その臂力運搬の一つ一つをつねに首尾よくやりおおせるとはかぎらないし、ときに運搬の途中において、あるいは輪場の桝仕切り内に立て掛け収める時点において、ほとんど知覚し難い微妙な力加減のふとした弾みにより、担いでいた材木を支えきれなくなつてこれを放り出して倒落させるにいたるものであり、このような失敗例も右臂力運搬の作業工程上やむをえない仕損じとされざるをえないものであること、控訴人藤村の本件事故における厚板の倒落は、まさに右のような場合に該当する出来事であり、その原由が桝仕切り内で厚板の立て掛けを終る寸前の最後の詰めが甘かつたことにあるにせよ、同控訴人の作業能力の範囲内においてできるかぎりの緊張の持続、集中力の発揮を試みたあげくの失敗であること、右臂力運搬作業にあたり、同控訴人が事前には訴外利文に対して現場からの避譲を指示し、倒落寸前の時点では共同作業中の訴外魚地に対して「危い」「いくぞ」などのとつさの警告を発して、作業のもつ危険性にかんがみ、安全管理上の注意を払うことにつき怠るところがなかつたことがすでに認定した事実により明らかである。したがつて、控訴人藤村による厚板の本件倒落という運搬作業の仕損じは、それ自体は控訴人会社の従業員たる控訴人藤村の業務上の正当行為の範疇に属し、右仕損じをもつて不法行為上の帰責事由たる過失の対象とすることはできないものと解するのが相当である。<中略>

2  控訴人会社について

製材工程を経た材木を商品として取り扱う業者がその事業施設としていわゆる輪場を構築し、これに材木を立てかけて材木の展示、備蓄等をはかることは公知の事実であるが、工作物たる輪場に運搬者一人の臂力をもつて立てかけうる材木の寸法及び重量については、その規格上おのずから限度があることも否めない。本件厚板の如き長尺かつ重量ものの材木の場合においては、これを臂力運搬により輪場に立てかけ作業を実行することが輪場の右にあげたような効用にもかかわらず危険をはらむものであることに著目して十分検討されるべきであることは、すでに認定したところに徴して明らかである。ところで、<証拠>を総合すると、控訴人会社は、南洋のラワン材を専門にその製材及び販売を業とするものであるが、長野及び新潟両県下への卸売り販路拡張をはかつて昭和四四年六月に長野営業所を開設して従業員三名を配置し、控訴人藤村及び訴外利文の両名が営業面(セールス)を担当するほか、本社工場から輸送されて来るラワン材の受入、保管、販売先への積出等の作業に従事し、訴外西島弘子が事務員として働いていたこと、控訴人藤村は、同営業所開設いらい所長の肩書をもつ者であるが、本社の指示に従つて業務を遂行しなければならない責任者たる地位にあつて訴外利文及び西島に指図することのほか格別の職務権限を有せず、材木の出し入れ、運搬等の作業面では訴外利文とさしたる差異がなく、控訴人会社に対して給付すべき労務内容も肉体労働が主であつたこと、控訴人会社は、本件厚板の如き長尺かつ重量もののラワン材の出し入れ及び運搬作業が同営業所の輪場で行なわれるにあたり、右作業の危険性に留意してその作業場所への立ち入り等の見張り及び制止等に当る人員の配置、その他適切な安全措置を講ずることがなく、ただ当面の作業員に保護帽(ヘルメツト)及び安全靴を着用させるにとどまり、従前そのような作業遂行中に人身事故が発生したことがないのに慣れて、安全管理上の対策を等閑視していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、本件の場合において右の如き見張り及び制止等のための適切な安全措置が講じられていたならば、本件倒落による死亡事故は未然に防ぎえたはずであることも明白である。したがつて、控訴人会社は、本件厚板の如き長尺かつ重量ものの材木の保管及び陳列等のために、輪場の桝仕切りに、これを臂力運搬により立てかける方法を採り続けるかぎり、その材木の出し入れ及び運搬作業を実行するにあたつては、事業主として、右認定の見張り及び制止等のために適切な安全措置を講ずべき業務上の注意義務を負うものというべきである。本件についてみるに、控訴人会社が右注意義務を怠つたことにより本件死亡事故が発生したことがすでに明らかである以上、同控訴人は本件事故につき不法行為責任があるといわなければならない。

3  訴外利文について

前記一、2及び3によれば、訴外利文は、臂力運搬作業が薄板から厚板に移行する際、厚板の取扱いに未熟であつたことから、控訴人藤村の指示により作業現場から離れて事務所の方へ避譲していたにもかかわらず、本件倒落に接着した時点ではすでに作業現場に立ち戻り、トラツクの荷台から約三メートル先の地点に佇立していたこと、右の危険範囲内への立ち戻りにあたつては、なんの前触れもなく、控訴人藤村の予期外のものであり、本件事故発生前には同控訴人において訴外利文の右立戻り及び佇立を知るに由ない事態のものであつたこと、作業現場における訴外利文の右佇立地点が本件倒落材の木口の接地点から約五メートルを隔てた真向いの桝仕切り先であつたので、本件厚板の臂力運搬作業の危険領域内に立ち入つていたにもかかわらず、同人は保護帽も着用せず、しかも、目前三ないし五メートル先で本件倒落材を担いで移動している控訴人藤村の臂力運搬の作業状況の推移を見守ることもなく、他の方向に視線をやつて漫然と輪場立掛材を背にもたれて佇んでいたことが明らかである。ところで、本件厚板の如き長尺かつ重量ものの材木を臂力で運搬して輪場の桝仕切り内に収め、これを立てかけることは、相当の筋力と技倆とを要する困難な作業であるのみならず、長尺かつ重量の物体を臂力で取り扱うことには危険が伴うことは当然予期されることであるから、その事業場の従業員の場合においても、その作業の現場に立ち入るにあたつては、右のような臂力運搬作業の困難性及び危険性にかんがみ、慎重を期すべきことである。すなわち、保護帽、安全靴の着用等により装備を整えることはもとより、現に作業遂行中であるときは、立入りにつき予告及び立入り時期の確認を交わすべきであり、立入り地点についても、やむをえない場合を除き、危険範囲を避け安全圏内を選ぶとともに、作業現場に立ち入つたうえは、十分な注意を払い、臂力による運搬作業の目下の推移を追いつつ、いつでも緊急事態に即応しうる態勢を構えていなければならない業務上の注意義務があるというべきところ、訴外利文は、右にみたとおりであるから、著しく右業務上の注意義務を怠つたことが明らかであつて、その過失は大きいといわなければならない。

三右二、1及び2によれば、被控訴人らの控訴人藤村に対する請求は、さらに進んで判断するまでもなく、すでに理由のないことが明らかであり、したがって、被控訴人らの控訴人会社に対する民法七一五条のいわゆる使用者責任にもとづく請求もまた理由がないというべきである。しかし、控訴人会社は、民法七〇九条の規定による不法行為責任に基づいて、被控訴人らに対し、よつて生じた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。<後略>

(荒木秀一 中川幹郎 奈良次郎)

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